石山波子「かでる投稿俳句」

俳句雑誌「かでる」との出会い

これまで俳句とは全く縁のなかった私が俳句雑誌「かでる」を主宰している新出朝子さんにパソコンを教える事になってから,俳句に少し関わることになった。その発端は2001年の「ボラナビ」に出ていた「パソコン講師募集」の記事。
新出朝子句集'空は'当時の記録によると,2001年6月1日~2003年10月5日まで25回,新出さんの自宅に通った。また,その関係で俳誌「澪」を創刊し,その代表をしていた椎名智恵子さんも2001/7/28~2003/6/11の期間,全部で11回,個人レッスンをした。
その後のお付き合いは無いので,お二人の動静は知らないが,当時,お二人ともパワー一杯であったから,今もなお活躍されているに違いない。と思いつつ,ネット検索してみたら,
第31回北海道新聞短歌賞・俳句賞の選評(2016/11/12)候補句評として,新出朝子さんの「光滴々(ひかりてきてき)」(2016年)が載っていた。また,「こころの散歩」に「白神の秋の灯一つ二つ摘む 新出朝子」と言うのがあり,ここで「視力を失くした俳人」と紹介されていた。当時も,視力はかなり弱っていたから,音声ソフトを使って,Excelやメールをやっていたが,これで今もなお現役として活躍されていることが確認できた。俳句会としては北区民センター,文学館などで「かでる」をやっている。 また,一番新しいところでは,第28回 北海道現代俳句大会(2019年6月16日)の選者にもなっていた。
一方,椎名智恵子さんは「澪俳句会」と言うのを,丸井10Fベルビューで開催中だ。

遺品としての「かでる」

今から5年前,義母石山波子さんの遺品として,「かでる」8冊が手元にあった。この雑誌は色々と想いが残っていたので,簡単には捨てられなかった。中でも一番,興味のある対象は義母の詠んだ俳句。そこで,義母の書いた俳句を画像化したあと,「かでる」を処分することにした。義母が亡くなってから,11年と言う年月が過ぎたいま,記憶が薄れてしまわない内にまとめて置くことにした。

「かでる」を紹介

義母は北海道庁立札幌高等女学校時代,短歌をやっていたと言う事は妻から聞いて知っていた。その妻が母親に対して,俳句をやって見ないか,と電話で持ちかけたのである。2人のやり取りの詳細は分からないが,兎に角やって見ることになった。
新出さんの了解は何とか得られた。そして会費を納入し,いよいよ投稿となった時,必要になったのが季語辞典。義母が住んでいる地域の本屋には季語辞典なんて置いていない。そこで,私が取りあえず代表的な季語をプリントアウトして送ることとなった。
この時,自分用にと思い,季語データベースをCGIで作ったが,こんな時に思い出して調べる程度である。
この頃,妻から義母に送った手紙の中にこんなのがあった。

「かでる」の件,気になっていますが,落ち着いたでしょうか。「かでる」に投句する,しない,に関わらず,蕪村の句の中から「秋」の私でも分かるものを選んでみました。蕪村は絵描きでもあった為か,目の前に風景が広がるものがあり,その点で興味深く好きなところです。漢詩の中でも,”書,画に優れた詩人”と言うタイプの作が好きです。今回の二首も直ぐ絵になりそうな詩です。

その一首とは漢詩の「秋思」であるが,もう一首は見当たらない。ここで,料理編として「豚肉の生姜焼き」を紹介している。これは今の私にも参考になるが,下ごしらえがあって面倒そう。

かでる28号(2001年9月25日発行)に発表した「夏布団」


「かでる」へ初めての投稿。「かでる」は現代俳句だから,有季でも無季でもOKと解釈して作ったようだ。ここで季語を探して見ると,「夏布団青葉朝凪風鈴」は夏の季語。送った季語辞典がちゃんと機能したようだ。
タイトルの「夏布団」から作者の生活を想像して見る。この頃に白内障の手術を受けたのかも知れない。「手術後」,「目に鮮やかな」,「癒えし目」とある。2001年の夏はもう80歳だから,手術は遅かった方なのかな。「一人膳」は昼食の時であろう。昼にいるのは自分だけ。一方,今の私は3食とも「一人膳」である。そして,いつもの様に昼寝をした。この頃の作者の日常が窺える。
夏の旅」と「湯の街」はどこかの温泉地。もしかすると箱根なのかも知れない。家族で箱根に泊まったと言う話しを聞いたことがある。

かでる28号(2001年9月25日発行)の誌上講座で課題<手>の講評


「かでる」8冊の内,誌上講座に載ったのはこの句だけ。講評の中に「初心者の句として・・・」とあるが,何しろ俳句は初めての経験。かなり苦労して作っていたようだ。
句評にあるように初めてにしては良くできていると思う。短歌の経験が生きているようだ。「荒れた手」,「春は来たらず」,「低き空」が3点セットになって,寂しい状況を表現している。
そう言えば,今は亡き娘と「この句はどう思う」とかで,1時間以上も電話で,話していたことが,度々あった。

かでる29号(2001年12月25日発行)に発表した「烏瓜」


「香水の瓶」は中富良野町のファーム富田で買って送った「ラベンダーの香水」だと思われる。記録によると,2001年6月28日にファーム富田へ行っているから,このとき買った物だろう。
「烏瓜」と言う瓜は知らなかった。季語データベースで調べて見ると,「ウリ科の蔓性多年草。花の後に楕円形の青い実ができ,晩秋には熟して赤くなり葉の枯れた蔓からぶら下がっている。」とあった。季語は秋。
娘の電話正論遠き烏瓜…これを普通に読めば775になる。娘を「こ」と読めば575になるので,こちらかな。理屈派の娘と1時間以上も話せば、大変お疲れになった事と思う。娘はいつも正論を吐く。それを理解しつつ、そのまま受け入れることはできない,と言う自分に対するもどかしさが,込められているように思う。
ここで使っている季語を見ると,次に送った季語集(新季語拾遺・毎日新聞連載が基)を参考にしているようだ。

かでる30号(2002年03月25日発行)に発表した「侘助」


侘助」が花の名前だとは知らなかった。季語データベースには「わびすけ,冬,唐椿の園芸種で,一重小輪の花が一月頃まで咲く。」とあった。
「藪柑子」は「やぶこうじ,冬,山林の陰地などに生える常緑小低木で,冬に実が赤く熟する」
「侘助」の花にかけて、「侘しさ」を言いたかったのだろう。「老」と言う文字が、目立つ。

かでる31号(2002年06月25日発行)に発表した「鶯の声」


鶯の声を電話の子に繋ぐ…季語は鶯で春。この時も娘と、俳句のことで電話中だったに違いない。そのとき、庭の木で、鶯が鳴いた。その鶯の声を、電話を通して、娘に聞かせてやった。
タイトルの「鶯の声」では、散歩中に感じたことを俳句にしている。更に丸くなった背で、トコトコと歩く姿が思い浮かぶ。万歩計を持って、散歩していたのは知らなかった。自分なりに1日、何千歩と、決めていたのだろう。
思ひ出の城が浮かびぬ春しぐれ…季語になっている「春しぐれ」は春のにわか雨を言う。「思い出の城」とは何を指しているのだろう。1990年,私が赴任先の台湾から帰国した直後,義母の孫娘と一緒に二泊三日の京都旅行をしたが,その時に見た城の事を言っているのかも知れない。そのずっと後,来札を提案したが,高齢もあり叶わなかった。この「京都旅行」は,後々,妻から何度も感謝された。
この時の費用明細は妻がCASIOのワープロを使って書いた。当時のワープロは画面が2行だけのもの。出来るだけ,原文に沿って,表現して見たが,結構むずかしかった。
この時は新幹線で京都までいき、駅のレンタカーを借りて、京都観光をした。

  京都旅行費用明細          期間 1990.7.24-26
交通費   : 104,700 ナイスミディ,レール&レンタ
レンタカー : 16,900 サニー4ドア
ペンション : 32,000 映画村入場券付き
ガソリン  :  1,700
拝観料   :  5,300 広隆寺,金閣寺,知恩院/300,二条城 500
駐車場   :  2,100 金閣寺300,知恩院400,二条城500,嵐山800
ホテル飲食 :  5,268 中華料理10500
土産    : 20,500 銚子セット9000,扇子5500,漬け物3500,菓子2000
フイルム  :  2,030 36枚4本、24枚1本
プリント  :  5,592 1枚19円,現像450円
ホテル代  : 28,800 朝食付き1人7200円
合計    : 264,150
ここで,銚子セットは自分用だが,いま,ない。果たして,どんなものだったかな。恐らく清水焼と思われる。
いま、改めて計算してみると、おかしな所が多多ある。今となっては確認の仕様がないが、これは理屈派の反面、計算に疎かった、と言う妻の弱点を如実に表している。

句の感想

友人の"かみしばい"さんが、このページを見て、句の感想を寄せて来たので、ここに載せることにした。俳句はずぶの素人だが、考えていないのに不思議と次々に言葉が出て来たと言う。これは感性が義母に似ているのと、自分の近い将来に共感できる部分があった為と思われる。(2020/1/10)

下駄の歯に 黒土匂う 春の丘 (夏布団)

子供のころか、若いころの思い出でしょう。下駄の歯に土がくっついたことで、土おこし現象が起きたのでしょう。下駄から土を取ろうとする姿に土の匂いも。それは春の匂いですね。

癒えし目に 青葉嬉しい 一人膳 (夏布団)

病のあとでしょうか?でも回復に向かっている。一人の食事でも寂しくありませんね。目に優しい青葉が癒してくれますから。

笹の葉を 川に流して 夏終わる (夏布団)

子供のころの情景ですね。あの頃は自然のもので遊んでいました。私も笹舟を作って遊びました。これは夏の遊びです。今、こうした遊びが伝えられなくなっています。「夏終わる」は、終わる夏と、時の流れに逆らえない寂しさを、重ねた感じがします。

主逝きて 赤く見えない ナナカマド (夏布団)

夫亡きあとの初めての冬かもしれません。鮮やかなナナカマドの色がくすんで見えたのでしょう。喪失感をナナカマドの色に重ねていると思います。

荒れた手に 春は来たらず 低き空 (誌上講座 課題<手>)

寂しくも悲しくも感じます。辛いことがあった時でしょうか?そうだとしたら、この句を詠むことで救われたと思います。「低い空」が印象に残ります。

湯上がりの われに蛙の お友達 (烏瓜)

作者の可愛い一面を見ました。いつもは気にもとめない蛙の声、その夜は作者の耳に届いたのでしょう。ホンワカ気分は優しく他者を受け入れられます。「お友達」この言葉が好きです。

烏瓜 どこに置いても 絵にならず (烏瓜)

単純なものを表現するのは難しいです。烏瓜はツルや葉があってこそ絵になります。しかし、烏瓜一個がポツンと置いてあっても……。まっすぐな目で、見て、感じていますね。

娘の電話 正論遠き 烏瓜 (烏瓜)

娘とは母親に厳しいのです(私もハッとするときがあります)。親の老いを認めたくなくて、つい……。しかし、老いの身は反論できません。そっと寄り添う烏瓜が癒してくれました。きれいごとにせず、本音を書いているので読者に響きます。

松の実 弾ける音が 川揺らす (侘助)

静かな時間に響く実の弾ける音。視覚、聴覚が生かされていると思います。

人恋ふに あらずや老いの 新春は (侘助)

テレビを見ても世間は賑やかです。話す相手のいない正月、老いできつくなった身は人恋しくなりますね。俳句を詠むことで救われることが多かったでしょう。

新雪に シュプール描かれ 我老いぬ (侘助)

真っ白な風景はさわやかです。スキーヤーの後ろ姿も見えます。「新雪にシュプール」は若さ、わが身の老い、この二つを対比して描いています。それが映像のように見えます。

愛犬の 鼻の先ほど 日脚伸ぶ (侘助)

日が長くなったと感じる夕方でしょうか、散歩の犬を視線を低くして見る作者の優しさを感じます。

丸き背に 春の日受くや 川辺かな (鶯の声)

「丸き背」がすべてを物語ってくれますね。川辺を散歩する姿まで見えてきます。自然で素直な句が作者の心情に寄り添っています。

春うらら いつも忘れし 万歩計 (鶯の声)

この素直な句も好きですね。普通のことを普通に書いています。「いつも忘れし」ここがいいです。
(^-^)ほっこりする句です。

里帰り 蛙の声の 寝入りばな (鶯の声)

うるさいくらいの蛙の声、私も覚えています。これがなぜか落ち着きぐっすり眠れます。それが故郷かもしれません。「鶯の声」では、何句かに水田を書いています。作者の感性の原点はこの水田風景なのでしょうか。

庭の木に 鳴くウグイスを 友とせり (鶯の声)

先の句の蛙も、ウグイスも友達ですね。小さな生物に愛しさを感じる優しい方なのでしょう。

鶯の 声を電話の 子に繋ぐ (鶯の声)

お母さんは電話中に春の声が聞こえたので、嬉しくなって思わず受話器を高く上げ子供に知らせたのですね。これは私の体験と重なります。 林の中で鶯が鳴いています。思わず札幌に住む姉に電話をしました。北海道はまだ寒いです。一番に春を届けたくて携帯を高く上げました。

フォト575

今度は"かみしばい"さん自身の俳句をメールして来たので、私がフォト575の形にしました。
命日に 句集贈りて 寒椿   かみしばい

 寒椿がないので、仏花にしました。クリックすると、別ウィンドウで1,425×950の画像になります。

更新情報

NEW"かみしばい"さんの俳句でフォト575に
"かみしばい"さんの句の感想
俳句雑誌「かでる」の思い出と義母の俳句

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